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佐藤省吾
鶴岡雅義と東京ロマンチカ(ヴォーカル)
9歳の時に鶴岡雅義と東京ロマンチカ初代リードヴォーカリスト北川淳氏と出会い、ステージで歌唱する「小樽のひとよ」を聴き、魂を揺さぶられるような衝撃を受け、「このような歌を歌える人になりたい」と感銘を受け弟子入りする。
幼少のころより、「鶴岡雅義と東京ロマンチカ」の楽曲を子守歌のように聴いて育つ。
1995年に開催された日本クラウンレコード新人歌手発掘オーディションを機に上京。
編曲家・高田 弘氏に師事。
栃木なまりを取るべく、高田 弘氏の弟子である作詞家・円 香乃氏(当時ヴォイストレーナー 中山弥生氏)に師事を経て帰郷。
帰郷後も円 香乃氏、編曲・伊戸のりお氏に歌手指導を受けつつ那須高原のリゾートホテルでホテルマンに従事しながらホテル芸能部に所属し、週一の歌謡ステージを約15年ほどつとめる。
2000年に先輩社員で元ジャッキー吉川とブルーコメッツの5代目ギタリスト・ヒロ森本氏が作詞作曲した「ルージュ」(c/w「夜汽車」)を「香世翔吾」名でリリース。
2015年に芦野温泉ホテルへ入社し、毎週日曜日の夜のイベント「湯治仲間の夕べ」に "歌謡ロマンティカ" として出演し、現在に至る。
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